スタッフコラム

かつて沖縄に陪審制があった

 沖縄は蒸し暑く、クーラーが稼働するシーズンに入ってきました。本日、平成21年5月15日は、沖縄が本土復帰して37年目を迎えました。戦後から復帰前まで沖縄はアメリカの統治下に置かれ、琉球政府でした。先日13日夕方のJNNテレビの報道特集THE NEWSの中で取り上げられたことについて書きたいと思います。


 かつて沖縄に“陪審制”があり、一例として、1964年に本島中部で起こった傷害致死事件(米兵2名死傷、被疑者:県青年4名)について、実際に裁かれた方と、陪審員を明かしたAさん(陪審員は現在でも本人の同意がなければ開示されません)のインタビューを紹介していました。陪審員は日本人と米人から12名が選ばれ、選定条件は3ヶ月以上沖縄に住み、英語がしゃべれること。裁判は最初から、最後まで全て英語で行われたそうです。これは英語が分からない場合、裁判がどのように行われているかわからない状況ということになり、大変な恐怖を味わったことでしょう。


 裁判の初期段階では、マスコミでは自白があったと報道がされ、陪審員の多数は有罪という雰囲気で被疑者らを見ていたそうです。


 Aさんが語ったことで興味深かったのは、当初は自分が陪審員になったことが嫌であった、しかし裁判に関わって行くに従い、供述調書が本人らの自白によるものではないのではないか、事件の真相はなんだろうか、と裁判に対する気持ちが真剣に変わっていき、ひとつひとつ事実を明らかにすることによって、陪審員の中でも被疑者に対する心象が変わっていったそうです。
 

 そして、裁判官3名が入る裁判制が陪審制になる場合、陪審員の意識が重要だ、裁判官も普通の人であり、真実は市民の方がよくわかる、と最後に述べていました。裁判の詳しいことは出版されており、「逆転」で検索できるようです。私もこれから読んでみたいと思います。


 裁判員制の実施も目の前に迫ってきました。マスコミ等ではマイナス面の報道が多いように思えますが、えん罪事件が起きないように様々な国民の判断を交えるために、裁判員制実施へ動いたのだと、私個人は受け止めています。将来、自分が裁判員に選ばれたときは、沖縄で起きた先例のことを考え、真摯に裁判に向き合えるよう考えていきたいと思います。


○○沖縄の5月開花状況、デイゴ、ハイビスカス、オオバギ、マツリカ

コメント (1)

そうですね~私もよくかんがえたら、3歳までアメリカ人?(1972年に日本返還でした)
 沖縄のひとは、裁判員制度を一足先に体験していたんですね~
 最近、法律を知っている知識を生かした?悪質な事件が増えたようなきがします。政治の世界もまたしかり(笑)
 被害にあうのは、一生懸命生活をがんばっている、一般市民。市民の声を生かしてこその法律の適用をのぞみます。
 それが、生かされるのが、裁判員制度では? 期待しています。

 私には関係ない~、、なんて気安くかんがえず、自分たちの生活環境を良くしていきたいし、その意識が、犯罪率を抑えるのでは?
 

コメント投稿者:ずんころ|2009.06.13.06:20

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